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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)623号 判決

控訴人 内山四四子

被控訴人 豊島税務署長

訴訟代理人 樋口哲夫 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三四年三月三〇日別紙目録記載の物件に対してした差押処分の無効であることを確認する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の提出、援用、認否は、つぎの訂正補足をするほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

1  控訴人の陳述

(一)  原判決事実摘示中予備的請求に関する主張は、すべて撤回する。

(二)(1)  原判決事実摘示請求の原因の(三)項の点については、本件建物の登記簿謄本(甲第九号証)によつても明らかなように、同建物について所有権保存登記がされたとほとんど同じ頃に、他の債権者の一、〇〇九、〇〇〇余円の債権のためこの建物に抵当権が設定されており、そのほかにも訴外内山藤意には営業上の多額の負債があつた(甲第八号証)のであるから、これを本件滞納税額と彼此対照して見ても、わずかな滞納税額を免れるために、控訴人に本件建物を贈与したとはとうてい考えられない。

(2)  行政処分が無効であるというためには少くともその処分に内在するかしが明白でなければならないとする見解は、誤りである。何となれば、権利関係が明白でないという理由のもとにつねに私権が行政処分によつて侵害されることを甘受しなければならなくなるからであり、本件におけるように、被控訴人において一度も控訴人本人について本件建物の所有関係を調査することなく、もし調査すれば、控訴人に対する本件建物の建築許可(甲第二号証)、建築工事代金の控訴人による支払(甲第五号証の一ないし四)、控訴人に対するこの建物における営業許可(甲第六号証)の事実が明らかになり、ひいて、本件建物が控訴人の所有であることがただちに明白になつたであろうのに、被控訴人においてことさらこれらの調査をすることを避け、たまたま所轄税務事務所が職権で勝手に作成した家屋補充課税台帳、家屋台帳にもとづいて形式的に所有関係を認定してなした誤つた処分がかしが明白でないとの理由で是認されることになるからである。

2  被控訴人の陳述

予備的請求の撤回には異議がない。

3  原判決六枚目(記録第二四五丁)表七行目「藤山藤意」とあるのは「藤竟」の誤記であることが明らかであるから訂正する。

4  立証〈省略〉

理由

一、被控訴人が昭和三四年三月三〇日控訴人の夫である訴外内山藤意において国税を滞納しその滞納による差押を免れるため他に資産がないのに別紙目録記載の本件建物を控訴人に贈与したものとして、国税徴収法(明治三〇年法律第二一号)第四条の七に基き本件建物につき差押処分をしたことは、当事者間に争がない。

二、控訴人が本件差押処分を無効であると主張する理由は、本件差押処分が、建築当初より控訴人の所有である本件建物を訴外内山藤意から控訴人に贈与されたもめであると誤認し、また、その贈与を滞納国税による差押を免れるためにされたものと誤認してされたという二点である。

ところで、行政処分が当然無効であるというためには、処分の要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大かつ明白なかしがなければならない。もともと、行政主体の支配権の発動である行政処分は、行政目的実現のため、組織として行動する行政権が法律に基き法律の定めるところに従つてする行為であり、その内容たるべき事項を行政権自らの作用として実現しうる権能に基いてされ、その処分によつて生ずる法律関係の一方の当事者である行政主体(行政庁)の当該行政処分についての具体的形成要件の存否認定の判断に執行力が与えられている。そして、行政処分がその具備すべき形成要件を欠いているため効力を否定されるべき場合でも、そのかしの存することが外形上客観的にないしは一見して明らかでないときは、そのかしの存在が特別の争訟手続、結局は抗告訴訟で確定されるまでは、処分を受けた相手方のほか他の国家機関や第三者まで、法的にその行政処分の効力を認めこれに服さなければならない。このようにして行政目的の実現に資するとともに、行政処分に対する信頼の保護、事実関係の維持、法律生活の安定の要求にも応ずることができるわけである。ところが、行政処分の有するかしが重大でありかつ明白である場合には、これを当然無効とし何人もこのかしの存在について特別の認定をまつまでもなくその効力を否定しうるものとしても、前示行政目的の実現や法律生活の安定等の要求にも反しないし、かえつて、公平の原則ないし個人的利益と社会的利益との調和の要求にも合することになるといえるであろう。この意味において行政処分が無効とされる場合の要件としてかしの重大性と明白性とが考えられるのであつて、その一をも欠くことができない。

三、ところで、本件においては、昭和二八年三月四日本件建物についで控訴人の所有名義に保存登記がされていることは、当事者間に争がないところであるけれども、成立に争のない乙第二号証の一、二、原審証人田中祐司の証言により真正な成立の認められる同第五号証に同証人および原審証人横田茂の各証言ならびに弁論の全趣旨を合わせ考えると、本件建物は所轄豊島税務事務所備付の固定資産税課税台帳に、同事務所の職員の現地調査の結果に基いて、昭和二五年六月新築されそれ以来控訴人の夫である訴外内山藤意の所有として登載され、同人名義でその固定資産税が賦課納税され何ら異議を見なかつたこと、ところが、右台帳上の所有者は昭和二八年三月四日本件建物に控訴人名義の所有権保存登記がされると同時に控訴人名義に変更登録され、以後控訴人名義でその固定資産税が課税されて来たことが認められ、また、成立に争のない乙第一、第四号証、前記田中証人の証言により真正な成立の認められる同第六、第八号証、原審証人福田武夫の証言により真正な成立の認められる同第九号証の一、二に同証人の証言を合わせ考えると、訴外内山藤意は昭和二八年三月四日当時昭和二七年度までの所得税約四四、〇〇〇円余を滞納し、そのほかにすでに発生していた納期未到来の昭和二八年度の所得税額を合算すると合計一一九、五七〇円となるところ、同人にはこれを完納する見込がなく、しかも同人はそれまでに数回国税滞納処分を受けていて、本件建物以外には当時他に特別の資産を有しいてなかつたことなどの事情がうかがわれる。以上の事実によれば、同人は、滞納国税による差押を免れるため昭和二八年三月四日頃その所有にかかる本件建物を控訴人に贈与したものと推定することもできないわけではない。なお、控訴人は、右訴の人は当時他にも多額の債務を負うていたのであるからことさら少額の滞納税額による差押を免れるため右のような贈与をするはずがないとも主張するけれども、滞納税額が控訴人の主張するようにしかく少額でないことは前示のとおりであるし、仮に同人が控訴人主張のような債務を負うていたとしても、これをもつてただちに差押を免れる意思の存否の判断に結びつけることはできない。もつとも一方で、前示第二号証の一、二の台帳は、課税のための補充台帳であつて、本人から法定の期間内に建築について所定の申告がなかつたところから所轄税務事務所の職権で作成されたものであること(原審証人横田茂の証言)、本件建物の建築許可申請は控訴人名義でされその許可もされていること(甲第二号証、原審における控訴人本人尋問の結果)、控訴人が一部建築資金を出していること(原審証人石井宗平外証言、原審における控訴人本人尋問の結果、甲第五号証の一ないし四)、本件建物における飲食店営業の許可申請が控訴人名義でされ控訴人に許可されていること(甲第六号証)などの反対証拠もあつて、右推定に対し消極にはたらくけれども、これが右推定の証拠をすべてしりぞけ反対に断定させるほど十分で明白なものとも認め難い。とすれば、仮に被控訴人が本件差押処分をするに当り、本件建物が滞納国税による差押を免れるために訴外内山藤意からその妻である控訴人に贈与されたと認定したことが誤りであつたとしても、このような誤認は、以上認定の事実関係にある本件では、本件差押処分を無効にするに十分な明白なかしとはいえない。

四、右のとおりである以上、控訴人主張のかしは、明白性を欠く点において本件差押処分を無効ならしめるかしということができないから、右のかしを理由として本件差押処分の無効確認を求める控訴人の本訴請求は、その余の点について判断をするまでもなく理由がなく排斥を免れない。よつて、これと同趣旨に出た原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項により本件控訴を棄却することとし、控訴費用につき同法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 千種達夫 荒木秀一)

目録〈省略〉

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